(前編からの続き)
さて、バイリンガルの人についていくつもの疑問が浮かんできます。バイリンガルの人は同時に2セットの統計を持っていて、話す相手に応じて切り替えているに違いありません。さて、赤ちゃんは新しい言語に対しても統計を取ることができるのでしょうか?
その問いに答えるために、第二言語に接したことのないアメリカ人の赤ちゃんを、臨界期に初めて中国語に触れさせる実験をしました。台北とシアトルの、母国語にしか触れていない赤ちゃんに中国語の音をテストすると、両者が同じパターンを示すことがわかっていました。6〜8ヵ月では全く同レベルでしたが、2ヵ月経つと驚くべき変化が起こりました
台湾の赤ちゃんの成績が上がり、アメリカ人の赤ちゃんは下がったのです。私たちはこの期間にアメリカ人の赤ちゃんを中国語に触れさせました。まるで中国人の親戚が1ヵ月間家に滞在しているように、中国語で赤ちゃんに話しかけるセッションを12回行いました。
10ヵ月半ずっと中国語を聞いてきた台湾の赤ちゃんと変わらぬ良い成績だったのです。このことから、赤ちゃんが新たな言語に対しても統計を取ることがわかりました。何語であれ、赤ちゃんは接した言語の統計を取るのです。
次に、別のグループの赤ちゃんに同じ12回のセッションをテレビを通して行い、また別のグループには、クマのぬいぐるみの映像を見せながら音声のみを聞かせました。赤ちゃんの脳にどんな変化が起きたのでしょう?
音声だけの場合の結果では、学習効果は全く現れませんでした。そしてテレビの場合も学習効果は全く見られません。赤ちゃんが統計を取るためには、生身の人間が必要なのです。赤ちゃんが統計を取っているときには、社会脳(社会的認知能力に重要な部位)がコントロールしているのです。赤ちゃんが人の前にいるときと、テレビの前にいるときとで、どんな変化が起きているのか、脳の中を覗いてみたくなりますよね。
ありがたいことに、脳磁図(MEG)という新しい装置によってそれが可能になりました。全く安全で、非侵襲性で、音も静かです。306個のSQUID、つまり超伝導量子干渉素子を使い、思考に伴う磁場の変化をミリ単位の精度で、ミリ秒の間隔で見ることができます。赤ちゃんの言語習得をMEGで記録したのはワシントン大学が世界で初めてです。
赤ちゃんが母国語の単語を聞くと、聴覚を司る領域が光り、その周囲の脳の異なる領域を協調させる一貫性に関連すると推定される領域が、そして脳の別な領域を活性化させる因果性に関連する領域が光るのです。
赤ちゃんが母国語の単語を聞くと、聴覚を司る領域が光り、その周囲の脳の異なる領域を協調させる一貫性に関連すると推定される領域が、そして脳の別な領域を活性化させる因果性に関連する領域が光るのです。
ワシントン大学は、子どもの脳の発達に関する大いなる知識の黄金時代に踏みだそうとしています。子どもが感情を経験したり、言語を話したり読むことを学んだり、数学の問題を解いたり、アイディアを思い付いたときの脳の様子を見られるようになるでしょう。学習が困難な子どものために脳の構造に基づいた介入方法も発明できるでしょう。詩人や作家が言ったような、子どもの頭が持つ素晴らしい開放性、純粋な開放性の秘密を解き明かせるだろうと思っています。
子どもの脳を調べることで、人間の存在について深い真実を見いだせるでしょう。そしてその過程で、私たちも生涯を通じて学びに対して開かれた脳を保てるようになるかもしれません。
子どもは、さながらスポンジが水を吸収するかのごとく、言語を学習していきますが、それは大いなる偉業だといえます。
この世界にある総ての物や現象、感情や心理的作用についても、何らかの『ことば』が対応しているのです。
ヘレンケラ−がサリバン先生の特殊教育により、『ウォーター』という言葉を知ったとき、彼女の頭の中の世界観にコペルニクス的転回が起こったのではないでしょうか。
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