スペンサーの「教育論」は方法論的に「知育」「徳育」「体育」として広く知られるに至った。
徳育は、「社会(その国、その時代)が理想とする人間像を目指して行われる人格形成」の営みであり、幅広い知識と教養、豊かな情操と道徳心、健やかな身体をはぐくむという、知・徳・体の調和ある人格の完成を目指す教育の根幹を担うものであると言える。(文部科学省)
学習指導要領では、学校の教育活動全体を通じて道徳教育を行うことを定めており、その指導内容は、「主として自分自身に関すること」「主として他の人とのかかわりに関すること」「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」「主として集団や社会とのかかわりに関すること」の四つの視点に分けて示している。
徳育を通じて、身につけることが求められる資質・能力としては、「主として自分自身に関すること」の観点からは、自己の生き方を探求する力の育成や、生活習慣の確立がある。
「主として他の人とのかかわりに関すること」、あるいは、「主として集団や社会とのかかわりに関すること」の観点からは、人間関係能力や社会の一員としての責任感の育成、規範意識の醸成等がある。
「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」の観点からは、自然に親しみ、美しいものに感動することや人間の力を超えたものに畏敬の念をもつ機会を通じた情操の涵養等がある。
これらすべては、子どもが、知ること・判断すること(知的側面)、信じること・感じること(情意的側面)を通じて、行うこと(行動実践的側面)につながるものでなければならない。
すなわち、人が、他者への思いやりの心をはぐくむことを通じて徳を身につけ、道徳的諸価値を内面において統合し、生涯にわたり自己の人生を主体的に切り開くことができることが、徳育を通じて身につけることが期待される資質・能力である。
こうした徳育がもたらす資質や能力は、基本的には、個人の内面のものであるが、人が社会の中で生きていくという社会的存在であるからこそ必要なものでもある。生まれたばかりの子どもは、環境に適応し、自らの感覚を発達させながら、心身の機能を高めていく。
また、大人から十分に愛され、信頼されるという、安全で安心できる環境の中で、自らの存在の大切さを自然に理解することで、情緒を安定させながら、自らと対話しつつ自己の抑制等を学習し、他者との調和ある行動が可能になっていく。
同時に、子どもは発達段階に応じて、自己の周辺の社会を広げ、主体的に他者とかかわり、自己との対話を深め、正義感や勇気、忍耐心や惻隠の情、礼儀正しさ、誠意、克己心等をもつようになり、自らの道徳的価値観を形成していく。
このように、人の主体的な自己実現は、自然環境や社会の価値・規範とそれに対する個人の道徳的価値観との相互作用の中で、両者が調和することではじめて成し遂げられるものである。したがって、社会、自然や崇高なものとのかかわりの中で、人が人として生きることを目指し、徳育は実践されていかなければならない。
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