東パキスタン(現在のバングラデシュ)

国際

パキスタンにとっては東パキスタン(現在のバングラデシュ)はインドを挟撃できる位置にあり、不可欠と考えられていた。

しかし、東西のパキスタンは、使用言語も異なり、遠く離れていたことから、次第に意思疎通を欠くようになった。また政治的・経済的に西パキスタンが優位であったため、東パキスタンのなかに、「自分たちはパキスタン人ではなくベンガル人である」という意識が強まり、分離独立運動が起こった。インドはその運動をパキスタンの弱体化につながるとして積極的に支援するようになった。

1971年3月、東パキスタンが分離独立を宣言すると、パキスタン軍事政権は直ちに軍事弾圧を開始したため、多数の難民が発生し、インドに流れ込んだ。インドのインディラ=ガンディー政権は東部パキスタンに対する軍事援助を行って、独立を支援する態勢をとり、インドとパキスタンの関係が悪化し、第3次インド=パキスタン戦争が勃発した。インドは優勢に闘いを進め、その結果、12月には東部パキスタンは独立を達成しバングラディシュとなった。

2015年、ロヒンギャ人問題が表面化した。ロヒンギャ人とは、ビルマ(ミャンマー)の南西海岸部に居住していたベンガル系のイスラーム教徒で、仏教徒の多いミャンマーでの迫害を避けて、同じムスリムであるバングラデシュに流入してきた。バングラデシュ政府は難民受けいれに難色を示し、行き場を失ったロヒンギャ人がマレーシアやインドネシアをめざしてベンガル湾に逃れようとして遭難するなど、国際問題化している。

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