しかし、警察の苦労について知りつくしている八坂刑事は、税務署員の苦労についてもよく知っていた。知人に税務署員があったからだ。
平職員、係長、課長、署長、局長、長官と、ピラミッド型の組織は、何かを吸いあげる正確で猛烈な機械のようで、そこにはたらく者は、機械の中の歯ぐるまのようだった。
その知人にいわせると、税務署の壁にぶらさがっている『納税者の身になって』とか、『愛される税務署に』とかいうスローガンは、署員の心得というより納税者に対する煙幕であって、ほんとうの目的は、ひたすらいかに効果的に税金を吸いあげるかにある。極端にいえば、申告が正確であろうがなかろうが、問題ではないのだ。とり得るところからとるのだ。
したがって暗号による伝票と、ベテランの経理担当者によって、防備陣をととのえている大企業をつっつく愚を犯すよりは、弱いほうへ、効果のある方へ収奪の鉾先がむけられるのはやむを得ない。
徴収の対前年比をノビと称し、ノビを出すことが至上命令であり、そのために『コスレコスレ』という隠語が上から飛ぶ。大量に徴収すればするほどその署員は有能のレッテルをはられるのだ。そのためにノルマが課せられ、大きなノルマを消化した者のみが、ピラミッド型の出世コースにのる。その知人の言葉によると、われわれは歯ぐるまというより、ピラミッドの石をはこぶエジプトの奴隷のような気がします、ということだった。
(出典:山田風太郎『夜よりほかに聴くものもなし』)
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