計画造船

政治

太平洋戦争で多数の商船を失った日本の海運は壊滅状態にあった。この海運を再建するため、政府は「計画造船」という方法をとった。一定の計画の下に、政府が積極的に金を出して、その金の利子も政府が負担する、という国家丸抱え方式である。海運・造船業界はもちろん大歓迎で、その法案の成立を願った。

ところが、日本開発銀行から海運会社に融資された国家資本の一部が不正に使われた。計画造船のなかに入れてもらうための運動資金、法案成立のための運動資金として、多額の金が、政界、官界に流れたのである。 東京地検特捜部は、昭和29年1月に強制捜査を開始し、政財界人74人を逮捕した。

捜査はさらに政界の中心に及ぼうとしていた。昭和29年4月20日、最高検察庁首脳は、収賄側の頂点に立つ自由党の佐藤栄作幹事長を逮捕する方針を決めた。

ところが、翌4月21日、犬養健法相は、検察庁法第14条による指揮権を発動して、幹事長を逮捕してはならないと、検察当局に命令したのである。

この指揮権発動は吉田茂総理大臣の意向を受けたものである。

検察庁法第14条は、法相が検察を指揮できると定めている。戦中、戦前のファシズムの時代に権力が乱用された、暗い歴史に対する反省に基づいて作られた条項だった。

犬養法相は、それを逆手にとって、佐藤幹事長に逮捕を阻止した。捜査そのものは、これによって完全に挫折して終わった。

佐藤幹事長とは、後の総理大臣佐藤栄作である。

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