国家の領域

日本

国家の領域は国家の基本要素であり、その確定は国家の自己完成である。国境は国力の均衡した線で経過的、歴史的に形成されるのがふつうである。

日本の領域は、四周が海で囲まれた島々であるという自然的条件と西欧国際社会から隔絶していたという政治的条件により境界が不明確なまま放置され、雑居地として共有とされた樺太や、日清両属とされた琉球があった。この帰属決定が明治政府の第一の課題であった。

第二は近隣外交の近代化である。前近代の日本は、清国とは国交がなく華夷秩序の外にあって清国を無視しながら、清国の朝貢国である沖縄を領有し、朝鮮と国交を結んでいた。

明治政府はこのような非近代的関係をまず対朝鮮関係から革新しようとした。しかし、朝鮮が応じなかったため、国内に征韓論が高まった。

第三は不平等条約の改正であった。国際条約は普通、有効期間または廃棄条項が規定される。しかし、日本と列強との間の通商条約は、一年前の予告を条件に明治五年以降改正交渉ができるだけで失効も廃棄も認めていなかった。

これは自由貿易を拒否する日本を武力の脅迫で開国させたので、失効・廃棄できるように規定すると、日本が鎖国に戻ることを懸念したのであり、そのこと自体、不平等な条約規定であった。

第四は、これらの案件を処理するための一元的外交機関の設立であった。そこで明治二年、外務省を置いた。

朝鮮は明治政府の国書を拒否し旧例による清国の朝貢国間の名分論的国交を要求した。そこで、日本と清国が対等の国交を結んで日清間が平等であることを示す必要が生じたため、明治四年、清国起案の日清修好条規に調印した。

この条約は日清対等であり、近代国際法の論理によっていた。しかし、日清両国と欧米との不平等条約とちがい、相互に領事裁判権を認め、協定関税を規定し、最恵国条款を欠き、日本に内地通商を認めていなかった。

また善隣友好の規定は米清条約にならったものであったが、領土保全・相互援助規定について、一部欧米諸国は、反西欧日清攻守同盟の設立ではないかと疑った。

コメント

タイトルとURLをコピーしました