中世の騎士

社会

中世の騎士は、いったん馬と武具と訓練を身につければ、ほとんどそれで自立できた。もっと正確にいえば、どこに行っても、食糧とか、自分の装備のちょっとした修理などに必要なものを、やすやすと手に入れることができた。優勢な敵に脅かされれば、城壁の背後に退いて、もしその城に充分食糧の蓄えがあれば、敵が立ち去るまで安全に頑張ることができた。しかし、砲兵と槍、銃などで武装した歩兵が、まず騎士をその城から追いはらい、やがて戦場から追いはらうことになった−1350年ごろから1550年ごろまでの間にこの変化がおこった−ため軍事組織ははるかに複雑なものとなった。火薬や弾薬の補給、大砲の輸送、訓練の技術、そして軍隊が必要とするすべてのものを支払うための資金などは、たんなる地方的な権力者の大部分にとっては、手に入れることができないものであった。そして、もっと広い領土を治める君主にしても、ヨーロッパ全土からうまく集めることができないほど、それらのものは散在していた。

だんだんと複雑の度を増す陸上の軍隊の装備のシステムに依存するため、各政府は、そのように複雑な装備を作りだす源に縛られることになった。すなわち、工匠の作業所や工場、鉱山、冶金の企業家、資本家、銀行家、そして一般的に言えば社会の中の都市的要素に縛られることになった。都市においてのみ、必要な原料を集め、武器を生産し、それを正しく仕分けして適切な時期に軍隊に手わたすことができた。そこで、真に強力な政府とは、その領土内に充分に発達した都市があって、新しい軍事的技術の複雑な要求にこたえられるようなものであった。

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