大阪砲兵工廠

日本

大阪砲兵工廠は、1892年(明治25年)大阪市の依頼に応じて大阪市水道用鉄管の鋳造に着手し、1895年(明治28年)総重量9,360トン余りを手掛けた。大阪市水道とは20,000トン納入の契約を締結し、残り11,029トンは輸入された。大阪市以外の自治体等にも納入し、明治末期から大正期にかけて、西日本の主要な軍事施設の水道鉄管の多くを鋳造した。

 

大阪砲兵工廠事件。砲兵廠幹部3人が起訴された。軍需物資→占領軍接収→日本返還→払下げという流れで処理されるべきところを占領軍の接収を経ないで処分したとされ業務上横領罪での求刑。一審は連合軍一般命令違反による背任の罪。控訴審では横領罪、背任罪にも問われない無罪判決がでた。

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