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明治政府①

ヨーロッパでは普仏戦争以後、勢力均衡が成立し、ヨーロッパ強国はアジア・アフリカで争覇戦を行った、極東でもフランスはベトナムに、ロシアは沿海州に進出し、さらにロシアは樺太を入手し、朝鮮への進出をも伺っていた 明治政府はこの状況から東...
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明治以降の日本の近代化と国際条件②

1905年にセオドア=ローズヴェルト大統領の調停で日露戦争を終わらせ、さらに同年、桂=タフト協定を締結し、「日本の韓国領有」と「アメリカのフィリピン領有」をそれぞれ権益と認めたので、日米関係は良好であった。 日本が南満州鉄...
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明治以降の日本の近代化と国際条件①

近代化と自立を両立させ、福祉価値と名誉価値を同時に満足させることは、国際条件に恵まれぬかぎり困難であった。 その条件の第一は、日本をとりまく欧米勢力が相互に対立しているときであり、第二は大陸の勢力が分裂しているときであった。 ...
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明治政府の指導者たち

明治政府の指導者たちは、列強と協調し近代化を進めなければ民衆福祉の安定と向上はむろん、独立の維持と国威の発揚という国家名誉の実現も不可能であり、またその反面、外圧に抗して民族的自覚を高めなければ、安全と繁栄もありえないことを痛感した。 ...
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日朝修好条規 日露和親条約

日本は琉球帰属を明確にする目的で琉球船が台湾に漂着し、乗組員が殺害された事件が起こると台湾に遠征し、清国にそれを保民義挙と認めさせた。 明治九年、江華島事件の解決を理由に日朝修好条規を締結した。この条約は朝鮮の独立と平等を認めてい...
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国家の領域

国家の領域は国家の基本要素であり、その確定は国家の自己完成である。国境は国力の均衡した線で経過的、歴史的に形成されるのがふつうである。 日本の領域は、四周が海で囲まれた島々であるという自然的条件と西欧国際社会から隔絶していたという...
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「虎ノ門事件」と正力松太郎

「虎ノ門事件」で警視庁警務部長正力松太郎は警察の責任者として免官処分を受けた。かくして、正力松太郎の官界生活は、終わりをつげた。順調にいけば、次は県知事に就任するはずだった正力は、官界を去らざるを得なくなったのである。 官界を去ら...
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奥書割印

「奥書割印」という公証制度は、人民にとって簡易、無料という点においてなじみ深い制度でした。しかし、公証簿の管理保存の不完全さという点において、過渡期の制度でした。不備欠陥の具体的なものは、公証簿の焼失、紛失、虫喰い、内容の錯雑などで、奥...
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難波大助 虎の門事件

1923年12月27日、アナーキストの難波大助が虎ノ門において、摂政宮を狙撃するという事件が起きた。後の昭和天皇である裕仁皇太子殿下が、病気を患っていた大正天皇に代わって執政を行っており、事件のあった日は帝国会議の開院式に出席するため、...
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攘夷運動

攘夷運動は、文久三年八月十八日の政変において、倒幕に反対する天皇を薩摩藩と会津藩が擁することで失敗し、以後倒幕運動に転換発展。それとともに文久三年の薩英戦争、元治元年の4国連合艦隊の長州攻撃という対外戦闘の経験で、攘夷実行不可能を知り、...
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